Main Page    English Page

研究

魚の摂食行動

魚の摂食行動は、成長と繁殖に利用するエネルギーを得るための手段です1。そのため、現在まで様々な研究がなされてきました。研究によって摂食行動は、流れ、餌密度、光の強さ、餌の大きさ、捕食者の存在など様々な要因によって変化することが分かってきました2-11

 

 

中でも流れが与える摂食行動への影響は大きく、魚は流速が速いと餌を探す範囲が小さくなったり、使うヒレの種類を変えたり、隠れ家を利用したりします5,12,13

しかし、これらの研究は主に海や川に住む泳ぐ魚を対象にしています。泳ぐことのできる魚たちは泳いで60%以上も流れを軽減すると言われる珊瑚の隙間などに隠れたりすることができます13-15。一方でチンアナゴのような珊瑚礁辺縁部に住み、巣穴以外の隠れ家を持たない魚は流れに対処した独特な摂食様式をもつことが想像されます。

チンアナゴの摂食行動

このようなことから私たちはチンアナゴを対象として、流速が与える摂食行動への影響を明らかにすることを目的として研究をしています。チンアナゴ(Gorgasia sillneriという種)の流速と摂食行動の関係はKhrizmanら(2018)に紅海で初めて研究されました16。研究では高流速下でも摂食率が落ちず、シミュレーションによって流速に対して姿勢を変化させることで抵抗を大幅に減らしていることが分かりました。

ただし、この研究はフィールドで実施されたものであり、流速以外の影響を排除できないなどの理由から、実験下での研究が待たれました。

研究の概要

私たちは流速を自由に変化させることができる「フルーム」と呼ばれる下の画像のような水槽を使うことでチンアナゴ(英名:spotted garden eel, 学名:Heteroconger hassi)の摂食行動に与える流速の影響を実験下で詳細に調べています。

研究は様々な分野の研究者が集まる沖縄科学技術大学院大学(OIST)で行われ、「流れ」という物理的要素が与える「チンアナゴの行動」という生物への影響を調べる分野横断的研究になっています。

 

 

時間あたりにどれくらいの数のプランクトンを食べたかを表す摂食率を調べるほか、摂食行動は3次元空間にチンアナゴの行動を再構築することで詳細な調査を可能にしています。

摂食行動の3次元再構築

行動の3次元再構築は体のトラッキングと3D再構成の2つから成ります。行動学の世界ではトラッキングはビーズなど目立つもので動物を標識して、それらをソフトウェアを使って追跡するのが主流でしたが、チンアナゴを標識するのは容易でない上、標識そのものの影響も考慮しなければいけません。私たちの研究では撮影したビデオの中でチンアナゴの特徴的な点(目や大きい黒点など)を1フレーム1フレーム追跡します。これは手動で行うには途方もない作業になります。そこでディープラーニングを利用して標識なしで体の特徴を追跡するPythonパッケージ、DeepLabCutを利用してこれを自動化しています(素晴らしいことにこれは無料です!)17,18

 

 

人間の目は2つあることで視覚情報を3次元に捉えています。3D再構成では複数のカメラをキャリブレーションすることで、それぞれのカメラの位置情報などを捉え、こうしてそれぞれのカメラで追跡した点を3次元空間に再構成します。こちらはMatlabのdltdvを使用しています19

 

 

ちなみに私たちの研究ではなんとiPhoneのカメラを使用して動画撮影をしました!

 

 

このように行動の3次元再構築を行うと、餌を追跡した時間、距離、速度、角度、軌跡など様々なパラメーターを詳細に調べることができます。これらのパラメーターは採餌モデルを作成する際にも重要になります。こうした詳細な行動解析によって、チンアナゴでは何がどのように他の魚と異なるのか、流れの中で有利に働いている行動は何かなどを明らかにしようとしています。

このグラフは流速を変化させた時のチンアナゴの顔の動きを極座標で表したものです。点は1フレームごとの顔の位置を表しています。これを見ると、流速が早くなると動きの自由度が小さくなることが視覚的に分かります。

 

 

チンアナゴの流速への応答についてさらに詳しく知りたい方は、こちらのプレスリリースや、私たちが書いたこちらの論文を読んでみてください!

乱流の影響

これまで話したように、チンアナゴ含め水中で生きる魚たちにとって、水の流れは彼らの行動や代謝に影響を与える大切な環境の一つです。特に流れの速さが魚類に与える影響はよく研究されており、魚たちは流速によって泳ぎ方や餌を食べる行動を変化させたり、消費エネルギーが変化したり、岩陰に隠れるような行動を取ったりします。5,12,13,20,21

 

 

これまでの多くの研究は、平均の流れの速さ(平均流速)の影響を調べていましたが、近年になって魚の生息地で実際に起こるより複雑な流れの影響を調べる研究が盛んになってきました。特に円柱状の構造物の後ろに起きる複雑な流れのパターンに魚がヒレの動作を同調させることで、楽に泳ごうとすることなどが発見されました(この研究は2024年のイグノーベル賞を取りました!)22,23。動画は円柱の流れのパターンによって死んだ魚が泳いでいるように動くことを紹介しています。

 

 

しかし、これらの研究では流れのパターンが明確であるケースが多く、魚たちが流れのパターンを学習したり予測することが可能だと考えられます。そこで私たちの研究ではこのような特定のパターンが明らかでなく、不規則な流れである乱流の影響を調べました。先ほどのチンアナゴ研究で紹介したように餌を食べる行動に着目して、自由に泳ぎ回ることができるデバスズメダイと砂に体を埋めたまま餌を食べるチンアナゴを比較することにしました。

 

 

乱流の影響を実験室で調べるためには、魚たちが実際の環境でどのくらいの強さの乱流を経験しているか調べる必要があります。そこではじめに、デバスズメダイとチンアナゴが住む海でそれぞれ流れを計測しました。次に、実験室の小さい流れるプールのような回流水槽に格子を入れることで、格子乱流を起こしました。魚たちが泳ぐスペースと格子との距離を短くすると、そのスペースで起きる乱流が強くなることを利用して、様々な条件で乱流を作り出しました。そして、粒子画像流速測定法(PIV)という、レーザーシートに照らされた粒子の動きを解析する方法を使うことで流れを評価しました。こうして、二つの平均流速(秒速0.05, 0.15 m)のそれぞれで三段階の乱流の強さを作り出すことができました。

 

 

これらの流れの条件下で、餌を食べる行動をデバスズメダイとチンアナゴを対象に調べました。すると、時間あたりに餌を食べた数が強い乱流下で減少したのですが、デバスズメダイでは遅い流速で、チンアナゴでは速い流速で減少が起こっていました。餌を食べる際の動作を詳しく調べると、デバスズメダイでは遅い流速+強い乱流で泳ぐ範囲が減少し、チンアナゴの方では餌を探す時間が長くなっていることが明らかになりました。

 

 

これらの結果は、それぞれの種の生息地の流れに対する適応を示していると考えられました。チンアナゴは水深10 mを超える比較的深い砂場に住み、そこでの流れは比較的遅く、弱い乱流になっている一方、デバスズメダイは浅いサンゴ群集にコロニーを作って住み、サンゴ群集にかき乱されたより速い流速、強い乱流を経験しています。チンアナゴは遅い流速では乱流の強さに関わらず餌を食べる行動は変わらず、速い流速+強い乱流で餌を食べる量が減りました。チンアナゴは餌を食べる量が減ってしまう状況を避けるため、遅い流れのところに住んでいるのだと考えられます。デバスズメダイは速い流速では乱流の強さに関わらず餌を食べる行動は変わらず、遅い流速+強い乱流で餌を食べる量が減りました。しかしデバスズメダイは、この状況を避けるため泳ぎ回って弱い乱流の場所を探すことが可能です。このように異なる摂食様式を持つ魚たちの異なる乱流への応答から流れへの適応を示したこの研究によって、魚の適応戦略や生息地推定のためには乱流を加味することが大事であると示唆されました。

 

チンアナゴとデバスズメダイの乱流への応答についてさらに詳しく知りたい方は、私たちが書いたこちらの論文を読んでみてください!

 

 



 

 

 

~参考文献~

1. Stoner, A. W. Effects of environmental variables on fish feeding ecology: Implications for the performance of baited fishing gear and stock assessment. J. Fish Biol. 65, 1445–1471 (2004).

2. Clarke, R. D., Finelli, C. M. & Buskey, E. J. Water flow controls distribution and feeding behavior of two co-occurring coral reef fishes: II. Laboratory experiments. Coral Reefs 28, 475–488 (2009).

3. Finelli, C. M., Clarke, R. D., Robinson, H. E. & Buskey, E. J. Water flow controls distribution and feeding behavior of two co-occurring coral reef fishes: I. Field measurements. Coral Reefs 28, 461–473 (2009).

4. Fulton, C. J., Bellwood, D. R. & Wainwright, P. C. Wave energy and swimming performance shape coral reef fish assemblages. Proc. R. Soc. B Biol. Sci. 272, 827–832 (2005).

5. Kiflawi, M. & Genin, A. Prey flux manipulation and the feeding rates of reef-dwelling planktivorous fish. Ecology 78, 1062–1077 (1997).

6. Noda, M., Kawabata, K., Gushima, K. & Kakuda, S. Importance of zooplankton patches in foraging ecology of the planktivorous reef fish Chromis chrysurus (Pomacentridae) at Kuchinoerabu Island, Japan. Mar. Ecol. Prog. Ser. 87, 251–263 (1992).

7. Hill, J. & Grossman, G. D. An Energetic Model of Microhabitat Use for Rainbow Trout and Rosyside Dace. Ecology 74, 685–698 (1993).

8. Manatunge, J. & Asaeda, T. Optimal foraging as the criteria of prey selection by two centrarchid fishes. Hydrobiologia 391, 223–240 (1998).

9. Howard, E. W. & Bori, L. O. Behavior of Marine Animals: Current Perspectives in Research. Plenum Press New York-London vol. 2 (Plenum Press, New York, 1972).

10. Rickel, S. & Genin, A. Twilight transitions in coral reef fish: The input of light-induced changes in foraging behaviour. Anim. Behav. 70, 133–144 (2005).

11. Morgan, M. J. The influence of hunger, shoal size and predator presence on foraging in bluntnose minnows. Anim. Behav. 36, 1317–1322 (1988).

12. Heatwole, S. J. & Fulton, C. J. Behavioural flexibility in reef fishes responding to a rapidly changing wave environment. Mar. Biol. 160, 677–689 (2013).

13. Johansen, J., Bellwood, D. & Fulton, C. Coral reef fishes exploit flow refuges in high-flow habitats. Mar. Ecol. Prog. Ser. 360, 219–226 (2008).

14. Johansen, J. L., Fulton, C. J. & Bellwood, D. R. Avoiding the flow: Refuges expand the swimming potential of coral reef fishes. Coral Reefs 26, 577–583 (2007).

15. Taguchi, M. & Liao, J. C. Rainbow trout consume less oxygen in turbulence: the energetics of swimming behaviors at different speeds. J. Exp. Biol. 214, 1428–1436 (2011).

16. Khrizman, A., Ribak, G., Churilov, D., Kolesnikov, I. & Genin, A. Life in the flow: unique adaptations for feeding on drifting zooplankton in garden eels. J. Exp. Biol. 221, (2018).

17. Mathis, A. et al. DeepLabCut: markerless pose estimation of user-defined body parts with deep learning. Nat. Neurosci. 21, 1281–1289 (2018).

18. Nath, T. et al. Using DeepLabCut for 3D markerless pose estimation across species and behaviors. Nat. Protoc. 14, 2152–2176 (2019).

19. Hedrick, T. L. Software techniques for two- and three-dimensional kinematic measurements of biological and biomimetic systems. Bioinspiration and Biomimetics 3, (2008).

20. O’Brien, W. J., Barfield, M. & Sigler, K. The functional response of drift-feeding Arctic grayling: the effects of prey density, water velocity, and location efficiency. Can. J. Fish. Aquat. Sci. 58, 1957–1963 (2001).

21. Piccolo, J. J., Hughes, N. F. & Bryant, M. D. Water velocity influences prey detection and capture by drift-feeding juvenile coho salmon ( Oncorhynchus kisutch) and steelhead ( Oncorhynchus mykiss irideus ). Can. J. Fish. Aquat. Sci. 65, 266–275 (2008).

22. Liao, J. C., Beal, D. N., Lauder, G. V. & Triantafyllou, M. S. Fish Exploiting Vortices Decrease Muscle Activity. Science 302, 1566–1569 (2003).

23. Liao, J. C. A review of fish swimming mechanics and behaviour in altered flows. Phil. Trans. R. Soc. B 362, 1973–1993 (2007).